この言葉には、様々の語源説があって定説はないらしい。まずは、例えば次のような説。
闇市といえば闇の女、パンパン、あれはどうしてパンパンというかと申しますと、まだ日本が戦争に勝ちまくっていた頃、南方の島に上陸した水兵さんたちに島の女性たちがパンをくれパンをくれと寄ってきたのが始まりだそうで、こういうことは学校じゃ教えませんけれど――。(結城昌治『終着駅』講談社文芸文庫,2005。p.30)
登場人物・峰倉徳夫による落語、そのマクラの部分である。
ところが当初は、「パンパン」と「闇の女」は明確に区別されていたようで、「パンパン」は進駐軍相手の女性をさし、「闇の女」は日本人相手の街娼であったという(三橋順子「パンパン」―井上章一&関西性欲研究会『性の用語集』講談社現代新書,2004。p.297)。
さて三橋順子「パンパン」は、その語源について、以下のように諸説を挙げている。
パンパンの語源については当時から諸説があった。粋で優美で人目を引くという意味のパンパント(Pimpant)というフランス語からきたという説、横須賀の海軍工廠で雌型と雄型で金属を打ち抜くパンパンという音から性的行為が連想されたという職工用語説、兵士が娼家の表戸を手で叩く音からという説、空腹の女性が性的サービスの見返りにパンを請うたことからという説などなど。中には、街に立つ娘が男に「こんばんは」と呼びかけたことから「コンバン娘」→「パンパン娘」と転訛したという珍説もある。
現在、通俗的なのは、インドネシア語のプロムパン(女)の訛りでアメリカ軍兵士が日本に持ち込んだという説のようだが(『広辞苑』「現代風俗史年表』など)、なぜインドネシアなのだろうか? アメリカ軍の日本進行ルートとは一致せず、私には疑問である。
これに対して、パンパンが街に見られた当時、最も有力だったのは、買売春の社会的研究に多くの業績を残した神崎清が紹介した説である(「パンパン語源考―サイパン島が発祥地―」『座談』一九四九年七月号)。
それによれば、第一次世界大戦の時、ドイツ領だったサイパン島を占領した日本水兵が現地のチャムロ族の女性に性的サービスを要求する際に「パン、パン」と手を叩いて呼び、日本の委任統治領となった後、同島では娼婦を「パンパン」と俗称した。太平洋戦争末期の一九四四年七月、アメリカがサイパン島を占領した後に、「パンパン(娼婦)」という言葉は、アメリカ軍の兵士用語となって日本に持ち込まれたとする。(p.299-300)
最後に挙げられている語源説を、もっと早く紹介しているのが末松和夫「パンパンの門」(『ネオ・リベラル』創刊号・一九四七年十二月刊)で、その小文には次のようにあるという。山本明『カストリ雑誌研究―シンボルにみる風俗史』(中公文庫,1998)の「パンパン それ自身が風俗として」から、孫引きしておく。
「……そもそもパンパンの語源を、パン二コで貞操とかえる意味などと説明する向きもあるが、あれは南方帰りの純日本語であって、前大戦当時、南洋諸島を占領した日本海軍が、椰子林を切りひらいて軍用ハウスを作り、内地から娘子軍を呼んであの方の士気をふるわせた時、そっと椰子の木から覗いていた島の黒いアンちゃん連中が、軍人が手を叩いて女が来て実演する経過をよく研究した結果、手を叩く音によって女の方の性慾が昂進して駆けつけて来るものと想像した」。(p.186)
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